八潮のむかしばなし(十一話)
更新日:2018年12月6日
村切り
(大瀬・古新田)
古新田は、どうして古新田村と村がついていなかったかだって。ウン、そのことだがね、私のわけーし時分に、年寄り連が村寄り合いで話していたっけな。古新田が村名で、ほかのような〇〇村と村をつけてねーだけだとよ。なーんでも、伊奈代官が検地をした当時、大瀬村は本田方と新田方に分かれておったとか。本田方には本田方の名主がおり、新田方には新田方の名主がおって、村をまとめていたそうな。
新田方は、お代官様のおふれや新田方からの書き上げが、本田方の名主の名で報告されるのがふまんであった。新田方は、できたら村切りしたいと思い、本田方名主にお願いしても、いつもにぎりつぶされてしまったそうな。
寛永4年(1627)に検地をしなおしたおり、村人は一村に二人の名主では村の運営に支障をきたすので、村切りをしてくれるようにお代官様へたのんだそうな。そして村切りを許されたんだと。村名をつける時、新田といっても本田(大瀬村)と同じように古い土地であることを忘れないために古新田としたとか。