八潮のむかしばなし(十八話)
更新日:2021年12月14日
がけ溜のお先さん
(垳)
その昔、何やら徳川中ごろというが、スマートな器量よしの「お先」というキツネが、がけ溜にすんでいた。
ある時、キツネ仲間の寄り合いがあった席上で、お行塚にすんでいた「ジューコー」というキツネがお先を見初めたが、告白がどうしてもできず、思いはつのるばかり。
日夜ときを選ばず「コンコン」と泣いたり、がけ溜の縁にきてはじゃがみ込み、魚をとるでもなく、ガックリ肩を落す空虚な姿。まさしく極度のノイローゼになった。
その哀れな姿をみかねた近くにある若柳稲荷のお使い番頭で「ゲンノジ」という格式の高いキツネが中に入り、がけのお先の両親に何回となく話をもっていったが、当のお先は知らないこと。
「縁のない話はいたしかたない。」と両親から断られ、片思いのショックで、ジューコーは穴にとじこもったままの毎日が続いた。
お使い番頭のゲンノジに「けっしてお先を恨むではないぞな。」とさとされたものの、穴をはい出る気力もない。
そんな話を聞いた村人たちは、「ジューコーがあまりにかわいそう。」とだれ言うとなく野良仕事の帰りは、おやつ、ごはんなどを穴の入口に置いてやった。
いく日かが過ぎ、正気に戻ったジューコーは、村人の好意に深く感謝し、村人が見下ろせる小高いお行塚の上に立ち、尾を上に向けると晴れ、左右に振れば雨、丸めると風というように毎日の天気を知らせ、村人たちの恩にむくいたという。
一方、お先も、亀有の矢沢の森のキツネを夫に迎え、かわいいい子だからに恵まれ、幸福に過ごしたという。